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現在35歳のWebライター主婦です。私には実家の親とうまくいかない事で悩んでいます。価値観の折り合いがつかず、長い間悩み続けています。

私の親はかなり厳しい人たちでした。それもそのはずで、両方ともに教師をしており、他の子たちが許されることでも私には許されない、ということがほとんどでした。

幼い頃から家庭では全てが真面目くさっており、私は「いい子に」「真面目に」「模範的な子どもに」育つことを強制された、と言えるでしょう。体罰も頻繁に受けました。

ですが思春期を通し、「うちの親は、教師として他の家の子どもにかまってばかりいる。それなのに、実の子である私にはきついことばかりで、ちゃんと正面切って向き合ってくれていないじゃないか」と反乱の気持ちが沸き起こりました。

【親と離れたい】大学を期に一人暮らし!留学もして、現地の夫と国際結婚

有名大学に受かったので、以来一人暮らしをして生活を別にしていますが、そうして距離を置いていくと、親の矛盾がどんどん浮き上がってくるような気がしました。

ですから私は「絶対教師にだけはなるものか」と思い、今まで親とうまくいかないで、握りつぶされてきた青春や自由を手にしようと、海外留学へ旅立ったのです。

留学中に出会った現地人の夫と国際結婚する時、親は表立った反対はしませんでした。「言葉が通じないのは困る」と苦情を言ったくらいです。その後の数年間、私は嫁ぎ先の全く異なる環境に順応していくのにてんてこ舞いでした。

遠く離れた実家に電話連絡も滞りがちになり、もちろん一時帰国なども夫にさせてもらえません(私は夫ともまた人間関係の問題を持ってはいますが、それはここでは割愛します)。距離も心もどんどん離れて行きました。

親が勝手にお金を使う、子供の顔も見に来ない!夫からはなじられ産後うつに

ですがその間、親は経済的な苦境に陥っていたようです。ともに転職をしていたのですが、事業に手を出してまとまったお金が必要となり、それを補充するために、あろうことか日本の口座に持っていた私名義のお金に手を付けていたのです。

このことを知った私は激怒しました。また、ちょうどその頃私には第一子が生まれていたのですが、親は「遠いから」「言葉が通じないし」と一向に来る様子も見せません。

初孫の顔も見に来ないなんて、お前の親は一体何を考えているんだ?と夫になじられました。私はその後深刻な産後うつになりましたが、心の中は私を評価しない夫、親への恨みでたぎっていたのです。

母親の言葉に愕然!私にしてきた事を忘れたのか

数年かけてその泥沼からようやく自力で回復した後、私は子どもを連れて帰国してみました。子はかすがいと言うけど、それが夫婦間以外で働くかもしれない、親だって孫をかわいがってくれるかも・・と、一縷の望みを持っていたのです。

これをきっかけに、もっとお互いに向き合える、仲の良い親子になれるのではないか、と。ところがそれは間違いだったようです。父親はまだいいのですが、母親にいたっては「言葉が通じないから困るわ」と、私の子どもの面倒を見るのを拒否するのです。

しかも、「そんな怒り方をしたら、将来トラウマが残ってダメな大人になるわよ。連鎖するのよ」などと、自分では面倒を見ないのに、私の教育について否定的なことを言ってばかりなのです。

自分がしてきた体罰のことは忘れてしまったのか、育児書からきれいごとをいくつも引用してきます。

私と孫は置き去り!義母の方が頼りになる

こういった親を見ていて、私は吐き気を覚えました。この人たちは全く変わっていない、自分の血縁の子どもに関して向き合い方がわかっていないのだ、と感じたのです。

転職はしたものの、親は変わらず教育関係の仕事も続けており、つきあいのあるよそのお子さんはものすごくたくさんいます。そういった子たちとは実に楽し気に話したり教えたりしているというのに、実の娘と孫は置き去り。

一体何なのでしょう?親身になって世話を焼いてくれる夫の母親、義母の方がよっぽど頼りがいがあるじゃないか、と思えたのです。

親とうまくいかない時の受け流し方は、おじさん、おばさんと思うこと

そこで、実の親に関しては「あきらめる」ことにしました。もう何を期待しても、彼らはよそのお子さんたち、「教え子たち」に考えが向いてばかりいるのです。

ですから私もそういう人たちと割り切って、近しい親とはあまり思わず、「一時帰国した際に寝る所を提供してくれる、優しいおじさんおばさん」と思うようにしました。親と思わずに他人と思えば、むしろその精神的な距離で関係が滑らかになると思ったのです。

これは正解でした。母親のねっとりした否定や批判をかわすのも、もう「おばさんが何か言っているけど聞き流し~」くらいに軽く思えます。悲しい姿かもしれませんが、私たちにはちょうどいいのです。

これからは日本の家族にこだわって、定期的に一時帰国するのも考え物だな、と思ってもいます。それでも内心、やはりどこかでとても寂しいです。